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東京高等裁判所 平成7年(ネ)2622号 判決

主文

一  一審被告の控訴に基づき、原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。

二  一審原告の請求を棄却する。

三  一審原告の控訴を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じて全部一審原告の負担とする。

事実及び理由

第一  申立て

一  一審原告(第二六七一号事件)

1  原判決を次のとおり変更する。

2  一審被告は、一審原告に対し、金六五三三万六四〇〇円を支払え。

二  一審被告(第二六二二号事件)

1  原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。

2  一審原告の請求を棄却する。

第二  事案の概要

一  本件は、抵当権者である一審原告が、同抵当権の物上代位権に基づき、抵当権設定者である大協建設株式会社の一審被告に対する抵当不動産の賃料の差押えをし、その取立権に基づき賃料の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実等

1  一審原告は、平成二年九月二八日、東京ハウジング産業株式会社(以下「東京ハウジング」という。)に対し、三〇億円を弁済期を平成五年九月二八日と定めて貸し付けた。

2  大協建設株式会社(以下「大協」という。)は、平成二年九月二八日、一審原告との間で、東京ハウジングの一審原告に対する右債務を担保するため、大協所有の原判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)及びその敷地につき抵当権設定契約を締結し、同日その旨の抵当権設定登記(以下「本件抵当権」という。)をした。

3  大協は、本件建物の各部屋を複数の賃借人(テナント)に賃貸していたが、平成五年一月一二日、一審被告(当時の商号は株式会社大昇)に対し、次の約定で本件建物を一括して賃貸し、同月一三日その旨の賃借権設定登記をした(以下「本件賃貸借契約」という。)。

賃貸期間 定めなし

賃料 月額二〇〇万円

敷金 一億円(同月一四日支払済み。)

特約 〈1〉譲渡、転貸ができる。〈2〉大協は、テナントとの賃貸借契約を合意解除し、一審被告とテナントとが新たな賃貸借契約を締結するか否かは一審被告の意思によるものとする。

4  東京ハウジングは、平成三年三月二八日に支払うべき利息の支払を怠り、貸金債務についての期限の利益を失った。

5  東京地方裁判所は、本件抵当権者の一審原告の物上代位権に基づき、債権者を一審原告、債務者を東京ハウジング、所有者(抵当権設定者)を大協、第三債務者を一審被告とする債権差押命令申立事件について、平成五年五月一〇日、大協が一審被告に対して有する本件賃料債権のうち、差押命令送達時以降に支払期が到来する分から請求債権額三八億六九七五万六一六二円に満つる部分の差押命令を発し、同命令は、同月一四日東京ハウジング及び大協に、同年六月一〇日一審被告にそれぞれ送達された(争いがない。)。一審原告は、平成六年四月八日、本件抵当権の物上代位権に基づき、一審被告の各テナントに対する転貸賃料の債権差押えの申立てをし、同月一一日その発令を得たので、同年六月二三日、差し押さえた賃料債権のうち、同年四月八日以降支払期にある分の債権差押命令の申立てを取り下げた。

6  そこで、一審原告は、右賃料債権差押命令に基づき取立権を取得したとして、平成五年七月分から平成六年三月分までの賃料六五三三万六四〇〇円の支払を求める。なお、一審原告は、大協と一審被告との間の賃貸借契約は、一審原告の抵当権の物上代位を妨害する目的でされたものであるから、本件賃貸借契約は、従前の賃貸借関係をそのまま承継したとして、従前賃料が月額七二五万九六〇〇円であると主張し、その九か月分の支払を求めているものである。

三  一審被告の主張

1  株式会社大心(以下「大心」という。)は、平成五年四月一九日、大協に対し、七〇〇〇万円を平成五年五月から平成八年四月まで毎月末日限り三六回の元利均等払い(利息年九パーセント)の約定で貸し付けた。

2  大協は、平成五年四月二〇日、大心に対し、右債務の代物弁済として、大協が一審被告に対して有する本件建物の賃料債権のうち将来発生する平成五年五月分から平成八年四月分までの合計七二〇〇万円(月額二〇〇万円)を譲渡し、同日一審被告がこれを承諾し、その旨の債務弁済契約書を作成し、公証人による確定日付(平成五年四月二〇日)を得た。

3  したがって、右確定日付は、前記賃料債権に対する物上代位権による債権差押命令が一審被告に送達された同年六月一〇日に先行し、一審原告が本訴で請求する賃料債権は大心に帰属するから、本件請求は失当である。

四  一審原告の反論

1  一審被告の主張1、2の事実は否認する。乙九の記載から債権譲渡があったと認めることはできない。

2  一審被告主張の1、2の事実(大心と大協間の消費貸借契約及び債権譲渡契約)は、一審原告の抵当権の物上代位権に基づく債権差押えを妨害するために仮装したものであり、通謀虚偽表示として無効である。すなわち、〈1〉大協と一審被告とは密接な関係があり、さらに一審被告と大心とは役員が一部重複していること、〈2〉一審原告と大協との本件建物の処分を巡る交渉が決裂し、大協に対して不動産競売申立てを予告した直後に、大協と大心との消費貸借契約及び本件債権譲渡契約が締結されたこと、〈3〉大協と一審被告との賃貸借契約における賃料額は相場に比してはるかに安く、敷金ははるかに高額であり、しかも賃借権の登記がされていること、〈4〉一審被告は、一審原告が本件差押えの後に得た転貸賃料の差押命令に特別抗告までして争い、これが確定した後も、各テナントに対して一審被告への賃料の支払を督促するなど一審原告の債権回収を妨害していること、以上の事実からすると、本件債権譲渡が一審原告の抵当権の物上代位権に基づく債権回収を妨害する目的でしたことは明らかである。

3  仮に一審被告主張の債権譲渡が有効であったとしても、一審原告の抵当権に基づく物上代位がこれに優先すると解するべきである。

(一) 将来発生する賃料債権の債権譲渡の効力が発生するのは、支分権たる賃料債権が現実化した時点であるから、将来の賃料債権の譲渡につき対抗要件を備えた場合であっても、その賃料債権を差し押さえた一般債権者はもとより、優先権を有する抵当権者に対しては、差押以後発生する部分については債権譲渡の効力を対抗できない。この点については、大阪高裁平成七年一二月六日判決(金融法務事情一四五一号四一頁)がある。

(二) 弁済期の到来していない将来の賃料債権の譲渡は、民法三〇四条一項但書の「払渡」には当たらない。

(三) 仮に右「払渡」に該当するとしても、債権譲渡と物上代位権との優劣は、債権譲渡の対抗要件と差押えの先後で決するのではなく、債権譲渡の対抗要件と抵当権の登記の先後で決すべきである。

4  一審被告が債権譲渡の優先権を主張することは、前記2の事情に照らして権利の濫用である。

五  争点

1  一審被告主張の大協と大心との消費貸借契約及び債務弁済契約(債権譲渡)の成否及びその内容

2  右各契約が執行妨害のための通謀虚偽表示か否か。

3  一審原告による差押後の賃料債権に対する一審原告と一審被告との優先関係

4  一審被告の債権譲渡の主張が権利濫用に当たるか否か。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  証拠(乙六ないし一一)によれば、次の事実が認められる。

(一) 一審被告の主張1の七〇〇〇万円の消費貸借契約の事実(なお、大心は、貸付日の平成五年四月一九日、七〇〇〇万円を大協の当座預金口座に振込送金した。)

(二) 右貸付の翌日である平成五年四月二〇日、大心、大協及び一審被告は、債務弁済契約書(乙九)に調印した。同契約書には、同日付けの公証人の確定日付がある。同契約書には、〈1〉大心の一審被告に対する七〇〇〇万円の貸金債権及び年九パーセントの割合による三年間分の利息一八九〇万円の合計八八九〇万円と大協が一審被告から毎月受けとるべき月額二〇〇万円の賃料の三年分(平成五年五月分から平成八年四月分まで)の合計七二〇〇万円を相殺すること、〈2〉何らかの事由により本件建物の賃料が遅延又は契約解除等により支払不能の場合においても、右の相殺により大協の大心に対する貸金債務は既に消滅しており、大心は一切の異議を申し立てないこと、〈3〉一審被告は、平成五年五月末日から毎月の賃料二〇〇万円を大心の指定する金融機関に振り込むことが記載されている。

2  右債務弁済契約書にいう相殺が民法五〇五条の相殺でないことは明らかであり、各債務者が債務を免れる関係にあるわけでもないから、三者間の相殺の合意でもない。また、大心は、将来の賃料債権が法的に消滅し支払われなかったとしても異議を述べないことを承諾しているから(右〈2〉の約定)、相殺契約の予約でもないし、大心が賃料債権の受領権限を付与されたというものでもない。要するに、大心が大協に対する貸金債権を大協の一審被告に対する将来の賃料債権を確定的に移転し、大心の大協に対する貸金債権を消滅させる(文言上対当額での相殺ではないから、債権全額を消滅させるものと解するべきであろう。)という法律関係とみるほかはない(譲渡担保とすれば、右〈2〉の約定を記載しないはずである。)。したがって、右債務弁済契約書は、大協の大心に対する貸金債務の弁済に代えて、大協の一審被告に対する将来三年分の賃料債権を譲渡した代物弁済契約と解するのが相当である。

二  争点2について

一審原告は、右消費貸借契約及び債務弁済契約(代物弁済)が執行妨害のための通謀虚偽表示である旨主張する。しかしながら、前記認定のとおり大心から大協に対して七〇〇〇万円が現実に送金されており、この金銭の移動自体が仮装のものであって、実質は他の原因による金銭の移動であるか、送金後改めて大心に返還されているか又は実質的に大心と大協とはその計算を共通にする同一企業体であるかの立証がない限り、一審原告主張の〈1〉ないし〈4〉の事情のみをもってしては(右債務弁済契約書の〈2〉の約定は極めて大心に不利な異常なものではあるが、これを考慮しても)、右各契約が一審原告の物上代位権の行使を妨害するための通謀による虚偽のものであると認めることは困難である(一審原告と大協との交渉においても、本件物上代位権の行使自体が話題となった形跡はない。)。なお、乙一六の1ないし6によれば、一審被告は、右債務弁済契約書の約定に基づいて、平成五年五月分から一〇月分まで毎月二〇〇万円の賃料を大心の預金口座に振込送金していることが認められる。

三  争点3について

抵当権者は、民法三七二条、三〇四条一項により、目的不動産の賃料債権についても物上代位権を行使することができるが、同条但書により目的債権を差し押さえる前に同債権を譲り受けて対抗要件を備えた者がある場合には、物上代位権の行使をすることはできず、このことは、将来発生する賃料債権についても同様に解すべきである。

民法三〇四条一項但書において、物上代位権者が物上代位権を行使するためには金銭その他の払渡又は引渡前に差押えをしなければならないものと規定されている趣旨は、右差押えによって物上代位の対象である債権の特定性が保持され、これによって物上代位権の効力を保全せしめるとともに、他面第三者が不測の損害を被ることを防止しようとすることにある。この第三者保護の趣旨に照らせば、右「払渡又は引渡」の意味は、債務者(物上保証人を含む。)の責任財産からの逸出と解するべきであり、債権譲渡も同条の「払渡又は引渡」に該当するものということができる(一般債権者が目的債権の差押えをし、転付命令を得る前の段階では、未だ責任財産から逸出したものといえないことは明らかである。)。第三者の不測の損害防止の趣旨は、公示方法が不完全な先取特権においてはもちろん、登記により公示がされている抵当権においても基本的に異なることがないと解すべきであるから(民法三七二条は、抵当権について民法三〇四条を準用するにとどまる。)、抵当権者は、民法三〇四条但書による差押前に債権譲渡を受けて対抗要件を備えた者に対して、物上代位権の優先権を主張することはできない。

将来発生する債権の譲渡についても、その譲渡性が承認されるものである限り、右の法律関係に変わるところはない。確かに、本件のように、将来の賃料債権の譲渡によって担保権者の物上代位権の行使が制約されることにはなるが、本来抵当権については担保物の用益権能は設定者に留保されることから生ずるものとして甘受するほかない。もちろん、あまり高額の敷金の交付や長期の将来の賃料債権の譲渡については、担保権の空洞化を意図した権利濫用として、第三者の保護より担保権者の保護を図る余地もあると考えられるが、本件については後記認定のとおりそのような事情を認めるに足りない。一審原告が引用する大阪高裁の判決は、支分権たる賃料債権譲渡の効力の発生及び対抗要件の効力の発生時期を支分権の発生時期と解しているが、当裁判所の見解によれば、将来の債権の譲渡が重複して行われた場合や一般債権者による差押えの対抗要件の効力発生の時期についての解釈と整合性を欠くこととなり、そのような解釈をとることはできない。

したがって、一審原告のこの点の主張は理由がない。

四  争点4について

一審原告は、一審原告の主張2の〈1〉ないし〈4〉の事情から、一審被告は一審原告の本件抵当権に基づく債権回収を妨害する目的で債務弁済契約書による将来の賃料債権の譲渡をしたものであるから、右債権譲渡の優先権を主張することは権利の濫用であると主張する。

大心の大協に対する七〇〇〇万円の貸付及び右債務弁済契約が虚偽表示と認めることができないことは、前に判断したとおりである。

ところで、大協の一審被告に対する本件建物の賃貸借契約は、従来の大協による各テナントに対する賃貸の賃料の合計が月額七〇七万一七六二円であり、大協が預かっている敷金の合計が三一〇〇万二〇〇〇円であった(乙一)のに比べ、月額賃料が二〇〇万円と極めて低額であり、敷金が一億円と極めて高額であることなどに照らせば、大協が一審被告から一億円の資金援助を敷金名目で受け、その見返りとして低額の賃料で本件建物を一審被告に賃貸することによって、各テナントからの賃料収入との差額を一審被告に与えるものであるとみるほかはない。このような賃貸借契約は、たとえ形式的には民法三九五条の短期賃貸借に当たるとしても、金融及びその回収を目的とした賃貸借であるから、同条の保護の対象外と解すべきであるが、このことは本件の判断に影響しない(本件は、交換価値の把握たる抵当権の実行に関するものではなく、本来抵当権設定者に帰属すべき収益権の制約である物上代位権の効力に関するものである。)。

抵当権の目的物の賃料は、抵当目的物の価値の変形物として物上代位の対象となるが、抵当権設定者は、抵当権を設定しても目的物の使用収益権を保持しているのであり、抵当権の目的物が賃貸用建物の場合にはその賃料収入を支配しているのは抵当権設定者である。前記のとおり賃料債権に物上代位しようとする抵当権者は、賃料債権の「払渡」前に差押えをすることが必要であり、その差押えがあるまでは、抵当権設定者は、目的不動産の賃料債権についての処分権限を喪失しないというべきである。そして、将来の賃料債権も原則として譲渡可能であるから、抵当権者が民法三〇四条一項による差押前に債権譲渡があった場合は、その処分権限の範囲においては、単に抵当権者による物上代位権による差押えあるいは抵当権の実行が予想されていたということのみによって権利の濫用であるということはできない。もちろん、将来の債権譲渡は抵当権その他の担保権の空洞化をもたらす危険があるから、無制限に許されるわけではなく(第三者は、抵当権の存在を登記上確認することにより、不測の損害を防止することができる。)、一定の制約があると解すべきである(ちなみに本件における将来三か年にわたる賃料債権の譲渡全部が有効とは考えられず、せいぜい一年間の限度で有効と解するのが相当であるが、一審原告請求の賃料債権はその一年間の範囲内にある。)。

以上のように、抵当権設定者に抵当目的物の使用収益権があること、この使用収益権を利用した融資を受けることが必ずしも不当とはいえないことにかんがみると、大協の代表取締役である加來伸夫と一審被告のゼネラルマネージャーの市川康雄との間に二〇年来の付き合いがあり、大心の役員である安楽岡久治郎及び安楽岡よし子が一審被告の役員を兼ねていること、東京ハウジングが平成四年一二月に倒産した直後に大協から一審被告への賃借権設定登記がされ、一審原告と大協の代表者加來との本件建物の処分を巡る交渉が決裂した直後に大心から大協への七〇〇〇万円の貸付と債務弁済契約の締結がされているという経緯を考慮しても、なお一審原告の債権回収の妨害を狙ったもので、本訴において一審被告が賃料債権の譲渡の効力を主張することが権利濫用に当たるとまでの判断をすることはできない(そもそも一審原告は本件物上代位権による権利行使を東京ハウジングの期限の利益喪失後直ちにすることができたにもかかわらず、それから二年余りの間しておらず、自ら権利行使の時期を失したことも考慮すべきである。)。また、一審原告がした一審被告の各テナントに対する前記の転貸賃料の債権差押え(平成六年四月一一日発令、同年七月一五日執行抗告棄却)に対して特別抗告までして争った点は、転貸賃料への物上代位の可否については実務上その理論的構成が確定したものでないこと(東京高裁平成七年三月一七日決定判例時報一五三三号五一頁、大阪高裁平成七年五月二九日決定金融法務事情一四三四号四一頁)に照らして直ちに不当抗争とはいえない。さらに、一審被告が各テナントに対して、賃貸借契約を締結し直せば、一審原告の転貸賃料に対する差押えの効力が消滅するとして、そのような措置を勧める文書を平成六年一二月ころ各テナントに送付していることは、すでに効力を生じている転貸賃料の差押命令の効果を覆そうとし、執行を妨害する行為として厳しく咎められるべきものではあるが(もちろん契約を締結し直したということで執行を回避することができないことはいうまでもない。)、そのことの故にさかのぼって本件の債務弁済契約の効力まで否定すべきものとまでいうことができない。

したがって、一審原告の権利濫用の主張は採用できない。

第四  結び

以上の次第で、一審原告の請求の一部を認容した原判決は不当であるから、一審被告の控訴に基づいて、右認容部分を取り消して一審原告の請求を棄却し、一審原告の控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 稲葉威雄 裁判官 塩月秀平 裁判官 浅香紀久雄)

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